モンゴルは、「Монгол Улс(モンゴル・オルス:モンゴル国)」という正式名称を持つ民主国家です。
およそ330万人の人口には複数の少数民族にも含まれますが、どのような言語が使われているのでしょうか。
本記事では、モンゴルの公用語やそのほかの言語、さらにはモンゴルで使われる文字や言葉の歴史について紹介します。現在のモンゴルの外国語事情と合わせてチェックしてみましょう。
モンゴルの公用語は?
日本の国土のおよそ4倍の広さを持つモンゴルには、20以上の少数民族が暮らすと言われます。そんなモンゴルでは、日常的にどのような言語が使われているのでしょうか?モンゴルの人々が話す言語について紹介します。
公用語は「ハルハモンゴル語」
モンゴルの国家公用語は、「モンゴル語」です。さらに細かく言うなら、ハルハ民族が使用する「ハルハモンゴル語」が一般的なモンゴル語として広く認知されています。
モンゴルの人口はよそ330万人(2019年時点)のうち、90%以上はモンゴル民族です。
このうち、モンゴルの主要民族と言える「ハルハ民族」は、80%以上。必然的にハルハモンゴル語の話者が多くなり、公用語として採用されるに至りました。
カザフ語が主流の地域もある
カザフスタンにほど近い「バヤン=ウルギー県」は、公用語であるモンゴル語がほとんど使われないエリアです。ここではモンゴルの主要言語の訳3.9%を占めるカザフ語が使われています。
バヤン=ウルギー県に住む人のほとんどはトルコ系イスラム民族のカザフ民族です。彼らの中にはほとんどモンゴル語を理解しない人も多く、この傾向は中央から離れるにつれ顕著になります。県の中心都市・ウルギー市を離れると、「モンゴルなのにモンゴル語が通じない…」と困ることもあるかもしれません。
バヤン=ウルギー県ではどちらかというと近隣のカザフスタンとの結びつきが強い人が多く、モンゴル語に触れなくても暮らせます。学校教育も、「カザフ語かモンゴル語の選択制」です。
「同じ国で全く違う言葉を使ってもいいの?」と思う人もいるかもしれませんが、モンゴルでは不都合はありません。少数民族の言語・文化の自由はモンゴル国憲法で保障されています。
モンゴル語は方言もさまざま
モンゴル語を話すのは、モンゴル国内のモンゴル民族に限りません。例えば中国領内の内モンゴル自治区、ロシア領内のモンゴル系国家でもモンゴル語が使われています。
モンゴル語の方言と呼ばれるのは以下のようなものです。
- ブリヤート方言
- オイラート方言
- 内モンゴル方言
ブリヤートとは、バイカル湖そばにあるロシアの一共和国。こちらには約30万人のモンゴル語話者がいると言われ、彼らの話す言葉が「ブリヤート方言」と認識されます。
また、新疆ウイグル自治区や青海省などで話されるのがオイラート方言です。このエリアに住む約20万人がモンゴル語を話します。
そして、最もモンゴル語方言のバリエーションが多いのが内モンゴル自治区です。こちらでは中国語の影響を受けた方言が多く、主に以下のような方言が話されています。
- ホルチン方言
- ハラチン方言
- バーリン方言
- チャハル方言
- ハルハ方言
- オルドス方言
- アラシャン方言
このうち、内モンゴル自治区で公用語として扱われているのは「チャハル方言」です。
内モンゴル自治区内のモンゴル語話者は約450万人。人口約340万人のモンゴル国よりもモンゴル語を話す人が多い分、方言も多彩です。
モンゴルの公用文字は?
モンゴルではモンゴル語が公用語とされる一方で、人々の生活に伝統的なモンゴル文字が使われることはまれです。
モンゴルでは一般的にどのような文字が使われているのでしょうか?モンゴルの公用文字について紹介します。
公用文字はキリル文字
モンゴルでの一般的な表記に使われるのは、ロシアなどのスラブ国家で使われる「キリル文字」です。モンゴルが旧ソビエトの衛星国家と言われた時代に採用され、今に至ります。
ただし、オリジナルのキリル文字では、モンゴル語の複雑な母音を表わすことができません。そのため、モンゴルで使われるキリル文字にはロシア語にない2つの母音が加えられています。
旧ソビエトの支配から離れた今、モンゴルでは伝統的なモンゴル文字を目にする機会が増えています。とはいえ、それらはまだまだ実用的とはいえません。モンゴルではいまだにキリル文字による表記が基本で、街の看板や新聞、テレビ、インターネットなどは全てキリル文字で書かれています。
内モンゴルではモンゴル文字が使われている
歴史的に旧ソビエトの影響を受けなかった内モンゴル自治区では、現在でも伝統的なモンゴル文字が使われています。
1950年代半ば、内モンゴル自治区でもキリル文字を導入しようとする機運が高まりました。
しかし、当時の中国の首相・周恩来が、中国領内の各民族語の文字記号の統一を指示。漢語を併記する法案が採択され、内モンゴル自治区におけるキリル文字の導入は阻まれました。
現在、内モンゴル自治区とモンゴル国では書き言葉が異なります。同じ言葉を話していても、文字を書いて意思疎通を図るのは困難です。
モンゴル語の特徴
日本に暮らしていると、モンゴルの言語に触れる機会は少ないかもしれません。モンゴルの言語にはどのような特徴があるのでしょうか?具体的に見ていきましょう。
助詞や助動詞をくっつける膠着語
モンゴルは日本語と同じ「膠着語(こうちゃくご)」として知られます。
膠着語とは、助詞や動詞をはさんで文章を構成する言語のことです。接着剤を意味する「膠(にかわ)」という文字が当てられている通り、自立語の語幹に接辞を付けたり、自立語同を付属語でつなげたりします。
どのようなことなのかは、次の文を見てください。
найзудтайгаа:私の友達と |
これを分解すると、以下のようになります。
- найз=友
- уд=達(複数形)
- тай=と
- гаа=私の(所有格)
一つの語幹に5つ以上の接尾語が付くことも珍しくはなく、ものすごく長い単語になることもあります。モンゴル語になれない人は、1文の長さに驚くこともあるでしょう。
一見すると接尾語の習得は面倒に見えますが、モンゴル語を学ぶ上では有益です。接尾語を理解しておけば、文をきれいに分解できます。知らない単語を目にしても意味を推察しやすくなるでしょう。
なお、膠着語と反対の言葉は「屈折語(くっせつご)」です。これは単語の形を変化させて文の構成を作る言語で、英語やドイツ語、ロシア語などが該当します。
語順類型はSOV型
モンゴルの語順は主語+目的語+動詞。つまり、日本語と同じです。
日本語話者がモンゴル語を話すときは、日本語の語順をそのままモンゴル語に当てはめられます。主語+動詞+目的語の語順となる英語などと比べると、馴染みやすいといえるでしょう。
例えば、次のモンゴルの文章はきれいに日本語に当てはまります。
Өчигдөр би ахтайгаа хамт гурван ном авав.
:昨日私は兄と一緒に3冊の本を買った |
- өчигдөр きのう
- би 私は
- ахтайгаа хамт 兄と一緒に
- гурван3冊の
- ном 本を
- авав 買った
また、モンゴル語は「Ном авав(本を買った)」だけでも文章が成り立ちます。主語が必ずしも必要でない点も、日本語と同じです。
借用語が多い
歴史的に多民族との係わりが多かったモンゴルでは、言語についても多民族からの影響が少なくありません。
モンゴル語にはさまざまな民族からの借用語が見られます。借用語とは、その名の通り「外国語から借りた語」です。モンゴル語に影響を与えた言葉として、以下の言語があります。
- 古代チュルク語
- サンスクリット語
- ペルシア語
- アラビア語
- チベット語
- ツングース語
ただし、現在のモンゴル語に大きな影響を与えているのはロシア語、中国語です。
ロシア語 | doktor(医者)、shokolad(チョコレート)、mashin(車)など |
中国語 | banz(板)、khuanli(カレンダー)、toor(桃)など |
このほか、onlain(オンライン)、menejment(マネージメント)、mesej(メッセージ)などは英語からの借用語です。
モンゴルにおける文字の歴史
モンゴルでは、話し言葉はずっと変わらずモンゴル語ですが、文字に関してはさまざまな変遷が見られます。モンゴルの言語の歴史について文字を中心に見ていきましょう。
始まりは契丹文字?
契丹文字は、「遼」を起こした耶律阿保機(やりつあぼき)が10世紀頃に考えた文字といわれます。
現存する資料が少なく詳細は不明ですが、基礎語彙や文法形態などにモンゴル語との共通点が数多く見られると言われます。そのため、近年の研究では、モンゴル語と契丹語は同一の祖語を持つのではと考えられています。
現代のモンゴルの言語はモンゴル帝国時代から
現代モンゴル語の起源は、13~14世紀に使われた「中期モンゴル語」にあるといわれます。長母音がないことや格体形が現在のモンゴル語とは異なる点です。
中期モンゴル語のベースは「ウイグル語」で、チンギス・カーンになる前のテムジンによって採用されました。彼はウイグル語やウイグル文字だけではなく、ウイグルの法政や慣習さえも取り入れようとしたと言われています。
元王朝時代にはモンゴル独自の文字・パスパ文字が登場
フビライ・カーンの時代になると、モンゴル帝国は安定した文化隆盛の時代に入ります。彼は「偉大な国家が文字を持たないのはおかしい」と考え、ラマ僧・パスパに新しい言語を作るよう命じました。
こうして生まれたのがパスパ文字です。ウイグル文字と同様で、左から右へと文章を縦書きします。
パスパ文字の完成後フビライは詔勅を出し、帝国全土にパスパ文字を「国字」とすると宣言しました。しかし結局、パスパ文字は形式的な場面で使われるに留まり、広く庶民にまでは広まらなかったようです。
フビライから約100年後に元朝が滅ぶと、パスパ文字も失われてしまいました。
独立後はロシア語が主流に
元朝滅亡語、モンゴル民族が使ったのは、チンギス・カーンが導入したウイグル式のモンゴル文字です。これはその後の明時代、清の時代でも変わりませんでした。
ところが清王朝が滅んだ後、モンゴルは社会主義を掲げる旧ソ連の強い影響下に入ります。生活に根ざす文字についても変更を求められ、伝統的なモンゴル文字を捨てざるを得ませんでした。
モンゴル文字の代わりにまず旧ソ連が求めたのは、「ラテン語」の使用です。
しかしこれは実現せず、結局「キリル文字」が使われることとなりました。伝統的なウイグル式のモンゴル文字教育は完全に禁止され、今でも一定の年齢から上の人はモンゴル語を読めないケースが少なくありません。
今後はモンゴル語が公用文字に
モンゴル政府は2025年を目安として伝統的なモンゴル文字を公用語として導入していくと公表しています。パスポートや公的文書に積極的にモンゴル語を導入していくことで旧ソ連の影響を払しょくし、モンゴル民族としてのアイデンティティを取り戻すのが狙いです。
教育・文化・スポーツなどでのモンゴル語表記に加え、デジタル環境の整備も進められています。
とはいえ、長い時間を掛けて社会に根付いた文字を変えるのは、たやすいことではありません。モンゴル政府は民主化後すぐに「キリル語の廃止」を目指しましたが、うまくいかなかった過去があります。
モンゴル国民全体にモンゴル文字が定着するまでには長い時間が掛かるでしょう。
根強いキリル文字文化
事実、モンゴルでは未だにキリル文字が頻繁に使われる傾向にあります。
貨幣にしても、公文書についても、キリル文字の併記が見受けられます。
これは、モンゴル文字が縦書きしかできないという、英語が強くなったグローバル社会では非常に使い勝手の悪い文字であるという特性があるから。
その理由により、横書きのできるキリル文字は現在でも使い勝手の良い文字として利用されているのです。
現在のモンゴルにおける外国語
モンゴル入国管理局の発表したデータによると、公式な居住許可を得てモンゴルに暮らす外国人は122カ国・23,737 人でした(2015年時点)。これはモンゴル国の人口の約0.79%に当たり、年々増えていると言われます。
民主化以降、海外との交流が活発化しているモンゴルでは、主にどのような外国語が話されているのでしょうか?現在のモンゴルにおける外国語事情を紹介します。
モンゴルでは英語が主流
1940年代から2000年ごろまでは、モンゴルではロシア語が第二言語でした。しかし現在ほとんどの学校ではロシア語の代わりに英語を教えており、若者の興味も西欧諸国の方に移っています。そのため、ウランバートルでは英語の語学学校を目にする機会が多いでしょう。
現在、ウランバートルやエルデネトといった都市部では外国語を積極的に取り入れた私立学校がいくつかあります。特にウランバートルでは外国語の学習が盛んで、モンゴル語に英語、ロシア語、中国語、トルコ語、英語、ドイツ語などを組み合わせる学校が少なくありません。また、西欧をより重視した教育を展開する学校では、英語のみで授業を行っています。
子どもの教育も英語が主流
モンゴルの教育省は大規模な教育改革を行ない、国内の教育基準を国際基準に適合させるよう推奨しました。その結果、ウランバートルの3つの学校がケンブリッジの教育プログラムを実施しており、世界に標準を合わせた高い教育が行われています。
英語の語学学校はたくさん
外国語の語学学校は、主にウランバートルに集中しています。人気の高い英語は語学学校の選択肢が多く、レベル・ニーズに合わせてさまざまな学校を選べます。特に教育熱心な親は子どもを英語スクールに入れたがる傾向にあるようで、子どもの英語コース・学校も充実しています。
ウランバートルでポピュラーな語学学校といえば、2007年設立の「Talk Talk English」です。受講者が楽しく英語を学べるコースが充実しており、NGO、政府機関、企業のグループや個人のトレーニングなどに使われています。
また「Teach Me American」は少人数制の英語学校として人気です。レッスンはウランバートル市内のカフェやレストランで行われ、いわゆる「mongolish(モンゴルなまりの英語)」からの脱却を目指します。
モンゴル人の留学先
遊牧民の素朴なイメージがある一方、モンゴルは厳しい学歴社会です。2015~20年で見ると大学進学率は約70%と高く、就職では高等教育で習得した専門性が重視されます。修士号以上を持つ人への評価も高く、大学院に進学したり他国へ学びに出たりする人は少なくありません。
そんなモンゴル人学生が選ぶ留学先は、以下の国々が挙げられます。(2019年時点)
- 中国:約1万100人
- 韓国:約7,300人
- オーストラリア:約3,500人
- 日本:約3,125人
- ロシア:約2,000人
- アメリカ約1,480人
英語が人気とはいえ、金銭面・文化面・治安面から同じアジア圏の国を選ぶ人が多いようです。また、日本よりも中国・韓国に留学する人が多いのは、日本語を学んでも卒業後の選択肢が少ないためといわれます。モンゴルでは中国・韓国語はビジネスシーンで使うチャンスがありますが、日本語を使う仕事は少ないのが現実です。
モンゴルの言語を知りモンゴルへの理解を深めよう
モンゴルの言語はモンゴル民族で話される「モンゴル語」。中でも民族の人口比率が高い「ハルハモンゴル語」が一般的なモンゴルの今日用語として認識されています。
ロシアのキリル文字がベースなこと、単語が長いこと、発音が難しいことなどから、モンゴル語を「難しい」と感じる日本人は多いかもしれません。しかしモンゴル語と日本語の共通点は多く、規則性さえ覚えれば意味などを推察できるようになるでしょう。
国の言語を知ることは、その国の歴史や文化を知ることにもつながります。モンゴルに興味のある方は、モンゴルの言語のあれこれについても知識を深めてみてはいかがでしょうか。