モンゴルと聞くと、果てしなく続く大草原をイメージする人も多いでしょう。今なお遊牧をして暮らす遊牧民が存在するモンゴルでは、草原はかけがえのない自然資産。モンゴルに興味のある人は、草原についても目を向けてみてはいかがでしょうか。この記事では、モンゴルの地域別の草原の特徴やそこに生息する野生動物の種類、さらには砂漠化が進む草原の現状などを紹介します。モンゴルの草原について知識を深め、ぜひモンゴルを訪れるときの参考にしてください。
モンゴルの草原地帯の概要
モンゴル民族は古来より遊牧をして生計を立てていました。彼らの生活は常に雄大な草原とともにあり、それは今も変わりません。今も多くの遊牧民が暮らすモンゴルの草原にはどのような特徴があるでしょうか。概要を見ていきましょう。
草原はモンゴルの国土の8割を占める
モンゴルの国土面積は、約156万4,100平方キロメートル。これは、日本の国土の約4倍に当たる広さです。また国土は東西に長いのが特徴で、東西は約2,400キロメートル、南北は約1,260キロメートルあります。
このうち、国土に占めるモンゴルの草原(ステップ)の割合は、約8割です。北の針葉樹林地帯や南のゴビ砂漠、西のアルタイ山脈やハンガイ山脈を除いた部分には、どこまでも続く果てしない草原が広がっています。
モンゴルは「青空の国」などと呼ばれますが、これはモンゴルの降水量が少ないためだけではありません。地平線まで見渡せる草原に立つと青空に取り囲まれているような不思議な感覚に陥ることから、このように呼ばれるようになりました。
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気候の種類は3つ
モンゴルの草原地帯の降水量は、年間で約100~400ml程度と言われます。これは世界平均(約880ml)の半分以下であり、日本(約1718ml)の約1/17~1/4程度です。
モンゴルの草原地帯を降水量別に分類すると、次の3タイプがあります。
- 森林ステップ:降水量は比較的多い地域
- 典型ステップ:降水量は平均地域
- 砂漠ステップ:降水量が少ない地域
上記に照らして考えると、北部は森林ステップ、中部は典型ステップ、そして南部は砂漠ステップに当てはまります。
モンゴルの草原地帯のエリア別の特徴
前述の通りモンゴルの草原地帯の気候は3パターンあり、エリアによって景観や草の生え方が異なります。モンゴルの草原地帯の特徴について、エリアごとに紹介します。
北部
北部は黒土が多く、肥沃な土壌地帯です。森林が広がっているおかげで降水量も多く、降水量の年間平均は約300mlあります。
また植生は「森林草原」に属し、森林と草原がモザイク状に絡み合っているのが特徴です。主にウシやウマの放牧に適しています。
東部
東部は主に丘陵地帯で、広大な草原が広がっているエリアです。降水量は200~300mlあり、短い草が一面を覆っています。ヒツジやウマの姿を目にすることが多いでしょう。
西部
西部はアルタイ山脈やハンガイ山脈がそびえるエリアで、山脈の谷間に平地や低地の草原があります。降水量は標高によって異なり、高いところで300~400ml、低いところで100~200mlほどです。植生や景観も標高によって大きく異なり、ヒツジやヤギの飼育に適しています。
南部
南部はゴビ砂漠に隣接するエリアで、非常に乾燥しています。降水量は100~200ml程度しかなく、岩っぽい景観が特徴です。短い草がまばらに生えるのみで、ヒツジやヤギ、ラクダの飼育に適しています。
モンゴルの草原地域に住むさまざまな動物
モンゴルの草原地域は降水量の違いによって植生が異なり、野生動物も多種多様です。モンゴルにしか存在しない種もおり、モンゴルの草原地域は珍しい動物の宝庫といえるでしょう。
ここからは、モンゴルの草原地域に住むさまざまな動物を紹介します。
モウコノウマ
モウコノウマは、モンゴルの草原に住む野生馬です。19世紀に絶滅したと考えられていましたが、後にヨーロッパの動物園で生き残りが発見されました。現在生息しているのは、このときの種を繁殖させたものです。
モウコノウマは古代のウマと現在のウマをつなぐ中間くらいに位置する種と考えられており、日本のウマの祖先でもあるのだとか。ミサキ、タイシュ、トカラなどの日本種は、元をたどればモウコノウマに行き着くのだそうです。
モウコノウマの特徴は、ややずんぐりむっくりな体格で、強い脚を持っていることです。ちなみに日本では、多摩動物園で飼育されています。
モウコガゼル
モウコガゼルは、モンゴルの草原に住むウシ科チベットガゼル属の野生動物です。数千頭単位の群れで長距離移動をするのが特徴で、夏と冬で生息地を変えます。その移動距離はゆうに100kmを越え、個体によっては最大直線距離で約300 km、累積移動距離で1,000 kmを越えるものも珍しくありません。
モンゴルの草原ではおなじみの存在と言えますが、狩猟や家畜との競合などで個体数は減少しています。保全対策が急務といわれ、種保全のための生態研究が盛んに行なわれているところです。
体長は110~140cm程度で、一見すると鹿にも似ています。脚が早く、最高時速は70kmを越えるそうです。
ハイイロオオカミ
ハイイロオオカミは、一般に「オオカミ」として認識される野生動物です。かつては日本にも亜種が存在していましたが、1世紀以上前に絶滅してしまいました。
ハイイロオオカミは、モンゴルの草原地域における生態系のトップとして君臨する存在です。先述のモウコガゼルやウマなどを捕食対象とし、獲物があるところならどこにでも存在します。
モウコガゼルほどではありませんが、ハイイロオオカミも駿足です。最高時速は50kmを越えると言われます。
アイベックス
アイベックスは、ヤギ属に属する野生動物です。長い角を持つのが特徴で、角の重量は10kg以上にも成長するのだとか。垂直の崖や岩場を落下するように駆け下りていく姿がテレビに放映され、話題となったこともあります。
アイベックスはモンゴルだけではなくイタリアやスイスにも生息していますが、個体数は減少傾向にあります。モンゴルでは2006年に「希少及び絶滅危惧種」としてレッドデータリストに登録されました。
モンゴルでもなかなか出会うのが難しいとされ、目撃できたらラッキーです。
シベリアマーモット
モンゴルの高原で多く見られる、モルモットのようなネズミのようなげっ歯類です。草原にぼこぼこ開いた穴を見つけたら、シベリアマーモットの巣穴と考えてよいでしょう。
シベリアマーモットの体長は50~60cmほどで、モンゴルでは「タルガバン」と呼ばれて親しまれています。古来より食用として捕獲されることが多く、マルコポーロの東方見聞録にも、遊牧民がシベリアマーモットを食している様子が記述されています。
ただし、現在モンゴルではシベリアマーモットの食用は認められていません。シベリアマーモットを食すことにより、ペストに罹患する危険があるためです。現地で進められても、絶対に口にしないように注意してください。
アルガリ
主に中央アジアに生息する、世界最大のヒツジです。全長2m・背中までの高さ約1m20cm・体重約180kgという個体もおり、モンゴルでは「国の宝」として大切にされています。
非常に希少なため準絶滅危惧種に指定されており、モンゴル国内には約1万8,000頭しか生息していません。日本の研究チームが生態調査に乗り出しても、結局群れを発見できなかったといわれています。
「見るのが難しい」と言われるアイベックスよりも、さらに出会う確率は低いでしょう。
ユキヒョウ
モンゴルで「山の王者」と呼ばれるのがユキヒョウです。高緯度の草原や岩場などに生息し、アイベックスやアルガリといった大型の有蹄類を捕食します。白くきれいな毛皮に長い尾が特徴で、尾を除いた体長は100~130cmほどです。
モンゴルではユキヒョウに関する民間伝承やおとぎ話が多数残っており、遊牧民はユキヒョウを畏怖・尊敬の対象として崇めていました。
なお、現在モンゴルに生息するユキヒョウは、800~1,000頭程度です。世界全体の個体数が約4,500~7,500と言われますから、世界のユキヒョウの約20%がモンゴルにいると考えられます。
ちなみに日本では、多摩動物園や旭山動物園などで飼育されています。
モンゴルの草原が荒廃していく原因
多種多様な野生動物が生息しているモンゴルの草原は、植生環境の変化により生態系の乱れが起きていると言われます。モンゴルの草原が危機的な状況に陥っているのにはどのような理由があるのでしょうか。モンゴルの草原が荒廃する原因について紹介します。
地球温暖化による砂漠化
1940~2008年までの気象観測データによると、この期間にモンゴルの平均気温は約2.14℃上昇していることが分かりました。これにより、モンゴルの草原では次のような現象が発生しています。
- 昆虫及びネズミの増加
- 河川・池・湖の消滅
- 牧草地のバイオマス量の減少
- 森林部の減少
- 草が生えない土地の増加
- ゾド(風雪害)の増加
現在モンゴルでは国土の約70%が砂漠化の影響を受けているといわれています。このまま草原の環境が悪化すれば、そこに生息する野生動物はもちろん、草原に暮らす遊牧民も生きていくことが難しくなるでしょう。
過放牧
モンゴルが社会主義だったころは、遊牧民が飼育する家畜数も厳密にコントロールされていました。
しかしモンゴルが民主化して自由経済が取り入れられるようになると、家畜は個人の財産として認められるようになります。人々は現金収入を得るために家畜を大量に所持するようになり、家畜の頭数は民主化以降約3倍にも増加しました。よい草の生えるエリアは常に家畜で過密状態となり、草原の植物群落が大きく変化したのです。
特に井戸やインフラが整っている場所ほど、周辺には人や家畜が集まります。家畜が密集したエリアの草は食べ尽くされ、あちこちで草原の荒廃化が進んでいます。
カシミヤの高騰による弊害も
一般にモンゴルの遊牧民が飼う家畜は、以下の「5畜」です。
- ウマ
- ヒツジ
- ヤギ
- ラクダ
- ウシ
遊牧民はこれらの家畜のうち、それぞれの遊牧エリアにものを選んで飼育していました。ところが自由経済の導入後、遊牧民たちは「儲け第一」に走るようになります。誰もがこぞって高値のカシミヤの原料となるヤギを飼育するようになり、5畜のバランスは崩れました。
なぜこれが問題なのかというと、ヤギは草を根っこから食べてしまうためです。ヤギが放牧されたエリアは、必然的に草が再び生えにくくなります。
モンゴルは降水量が少なく、なかなか草が育ちません。ヤギが草を食べ尽くした土地の多くは、そのまま荒漠化してしまいます。
ずさんなインフラ計画
モンゴルでは、草原を切り開いて国土を縦断・横断する道路を建設しています。しかし、工事では十分な環境調査が行なわれず、草原の植生や土壌に大きなダメージを与えているケースが少なくありません。ところによっては地下水面の低下を引き起こしていることもあり、草原を流れる水にも変化を及ぼしています。
モンゴルの草原を守るための対策
モンゴルの豊かな草原は世界に並ぶものがなく、さまざまな国が保存のための調査・研究を行なっています。研究機関の中にはモンゴル政府に環境保護を訴えるところも多く、現在では政府も草原の環境保全のため国を挙げて対策を取るに至りました。
現在、モンゴルでは草原を守るためにどのような対策が取られているのでしょうか。
モンゴル政府は「モンゴル砂漠化対処国家行動計画」を実行
土地荒廃と砂漠化に対処するべく、モンゴル政府は1997年に「モンゴル砂漠化対処国家行動計画」を策定しました。これにより、草原荒廃の状態の改善を目指すとともに、原因そのものを取り除くための対策が行なわれています。
具体的な計画としては、土壌保全対策や放牧地改善への取り組みがなされているほか、地域住民への意識啓発、政府職員の教育・研修などです。
モンゴルの草原の土地・水資源を持続的に管理運営するため、短期・長期を含めさまざまなプロジェクトが実施されています。
日本も砂漠化ストップの取り組みに参加
2007~11年にかけて、日本の環境省がモンゴルの砂漠化対処事業を展開しました。協力組織は、東京大学と早稲田大学です。
彼らはモンゴル南部の砂漠ステップエリアに行き、以下の取り組みを実施しています。
- 気象変動に対する遊牧民の適応能力向上
- 地元エリアや住民を巻き込んだモデル事業の実施
- 実施データから今後の対応策を提案
日本のこうした取り組みのベースとなっているのは、1996年に締結された「砂漠化対策条約」です。この条約では、先進締約国が砂漠化の影響を受ける締約国に対し支援を行なうことが取り決められています。
日本がこのときの事業で得た科学的・技術的知見は、後に世界各国の研究機関と共有されました。
モンゴルの草原を満喫できる国立公園
自然豊かなモンゴルには、29の国立公園があります。多くの施設で事前の中での宿泊体験やトレッキング体験などが楽しめるので、「モンゴルの草原を満喫したい」という人には特におすすめです。
モンゴルの草原の魅力を満喫できる国立公園のうち、特に人気の高い2つを紹介します。
テレルジ国立公園(Gorkhi-Terelj National Park)
モンゴルツアーには高確率で組み込まれているのがテレルジ国立公園です。ウランバートルから東へ約60kmと比較的近く、観光しやすい国立公園として人気があります。
公園はほぼ四国と同程度の大きさで、春から夏は一面が青々とした草に覆われます。「これぞモンゴル!」という風景が見られ、モンゴル観光のテンションを大いに高めてくれるでしょう。
観光を楽しみたい場合は、公園内のラマ教の寺院や巨大なチンギス・ハーン像、恐竜のモニュメントなどを巡るのがおすすめです。一方自然を満喫したい人には乗馬、トレッキング、ラクダでの散歩なども用意されています。
また、観光用のゲルに宿泊できるのも、テレルジ国立公園の魅力。モンゴルの降るような星空を楽しみたい人は、ぜひ伝統的なゲル体験に申し込みましょう。
ゴビグルバンサイカン国立公園(Gobi Gurvan Saikhan National Park)
モンゴル南部・ゴビ砂漠の近くにある、モンゴル最大の国立公園です。広さは東西約380km、南北約80kmに及び、公園面積は2万7,000平方キロメートルあります。
ゴビ砂漠に近い乾燥地帯なので、草原とはいえ乾燥した風景が広がります。しかし、野生動物の種類は多く、運がよければアイベックスやアルガリ、ユキヒョウなどを見られるかもしれません。
園内ではロッジやツーリストキャンプなどの設備もあるので、宿泊も可能です。
首都・ウランバートルからは540kmほど離れていますが、ウムノゴビ県の州都・ダルンザドガドからは至近です。近くには空港もあり、アクセスは比較的よいといえます。
モンゴルの草原で豊かな大自然を満喫しよう
広大なモンゴルの草原は、エリアによって趣が異なります。スイスのような高原の風景を楽しみたいなら北部、モンゴルならではの珍しい動物を見たいなら南部…、と目的を決めて訪れてみましょう。
また、モンゴルの草原は夜もおすすめです。せっかくならゲルに宿泊して、のんびりと夜空を見上げてみてはいかがでしょうか。
モンゴルの国土の約8割を占める草原は、まさにモンゴルの象徴ともいえるものです。はるか遠く地平線まで見渡せる風景に佇めば、日本では決して味わえない開放感を味わえるでしょう。