正装したモンゴル人は、頭部もしっかり伝統衣装でコーディネート。正装にかぶりものを合わせる風習がない日本人にとっては、少し不思議にも思えるかもしれません。モンゴル人にとって、帽子をかぶることにはどのような意味があるのでしょうか?モンゴルにおける帽子の重要性や、部族ごとの帽子の種類を紹介します。
モンゴルの人々にとっての帽子とは
「青空の国」として知られるモンゴルは、一年中乾燥しがちな大陸性気候です。夏は強い日射しが照りつける一方、冬は氷点下数十度になるほどの極寒。頭部を守る帽子を着用する習慣は、モンゴル人の生活に深く根付いています。
日本よりもはるかに帽子のバリエーションが多いモンゴルでは、帽子はどのような存在なのでしょうか?モンゴル人にとっての帽子の意味や重要性について考えてみましょう。
正装では必ず着用される「格式の高い衣装」
モンゴルの文化では、帽子は非常に重要なものと考えられています。祭りや儀式などで正装が必要な場合、人々は帽子なしで参列・出席することはありません。帽子を着用することは相手に尊敬の念を示すことであり、着用しないのはこの上ない非礼とみなされるためです。
例えば来客を室内で迎える場合でも、モンゴル人は帽子を着用して出迎えます。モンゴル人の格式高い正装は、帽子があって初めて完成するのです。
お正月や7月のナーダムなどは、モンゴル人にとっては特に大切な日。街のあちこちでおしゃれな帽子で着飾った人が見られます。
「着帽したまま目上の人や客人に会うのは非礼」という考えが一般的な日本とは、真逆の文化といえますね。
神聖な「頭」を守る役割がある
現在のモンゴルでは「チベット仏教」を信仰する人が大多数です。
しかし、もともとモンゴル人が信仰していたのは、「自然」に由来する神々。モンゴルの山々や川には神様がいると信じられており、モンゴルの人々は自然の神様を尊び信仰していたのです。
さまざまある自然のなかでも、最も尊い神様が存在すると考えられているのが「天」です。
人々の運命や運を司る天の神様は、体の1番高いところ、すなわち頭とつながっていると考えられました。そのため人々は頭を非常に大切にし、帽子をかぶって保護するのです。
日本では冗談半分に人の頭をたたいたりすることがありますが、モンゴルでは冗談では済みません。非常に無礼な行為と見なされるので、たとえ相手が子どもでも、他人の頭に触れるのは控えましょう。
日常的に帽子ファッションを楽しむ人も多い
西欧化が進むモンゴルでは、日常的に伝統スタイルの帽子をかぶる人は少なくなっています。とはいえ、帽子が必須アイテムであることに代わりはなく、人々はおしゃれの一つとして帽子を楽しんでいるようです。
若者たちがアメリカのベースボールチームのキャップなどを愛用している一方で、年配の人達が好むのは、狭いつばの付いた中折れハット。伝統衣装・デールと合わせ、おしゃれに決めている人も少なくありません。
モンゴルを訪れた際は、現地の人々がかぶっている帽子にも注目してみましょう。
モンゴルでは帽子の扱いを慎重に
帽子を重視するモンゴル人は、帽子を大切に扱います。帽子を置くときは高いところに置きますし、上下逆さまに置くこともありません。もしもモンゴルに行くことがあれば、「帽子は重要である」ということは覚えておきましょう。
許可なく他人の帽子に触ることは大変失礼に当たるため、軽々しく帽子に触れてはいけません。
モンゴルの伝統的な帽子の特徴
モンゴルの帽子というと、円錐形のとがったもの丸い帽子を想像する人が多いかもしれません。しかし、実際のところ、モンゴルの帽子のバリエーションは多彩です。モンゴルの帽子の特徴について見ていきましょう。
モンゴルの帽子の種類は400以上
モンゴルの帽子には、「男性用」「既婚女性用」「未婚女性用」「子ども用」など、さまざまなタイプがあります。さらにそれぞれは夏用・冬用、儀式用、日常用などと別れており、全て合わせると400以上のバリエーションがあるのだそうです。
また、帽子はその人のステータスを示すものでもあります。社会的立場によってもかぶる帽子の装飾・柄は異なるのが一般的。帽子を見ただけでその人についてのさまざまな情報が分かるといわれています。
帽子のデザインは部族によって異なる
もう一つ、モンゴルの帽子の大きな特徴は、部族によってそれぞれ異なるデザイン・装飾を持つことです。現在モンゴルには20以上の民族グループがあるといわれており、それらの大半が部族古来の「伝統的な帽子のデザイン」を継承しています。
毛皮が付いたもの、円錐形のもの、丸いもの…、よくよく見ればさまざまな形状があり、モンゴルの伝統文化の多様性を実感できるでしょう。
モンゴルの伝統相撲「ブフ」でも帽子は欠かせないアイテム
モンゴルの伝統相撲「ブフ」の衣装は、日本のように「まわしだけ」ではありません。伝統的に伝わる帽子・ベスト・パンツ・ブーツを着用するのが一般的です。
このうち帽子は「ジャンジン・マルガェ(将軍帽)」と呼ばれ、円錐形で先の尖った独特の形状をしています。その昔、戦士はこの帽子をかぶって戦いに参加し、敵を威嚇していたそうです。
モンゴルの国民的行事「ナーダム」に行けば、強そうなフテチ(力士)がおそろいの帽子・衣装を着用して試合会場に入場する様子を見られるでしょう。
なお、この帽子をかぶれるのは男性または子どものみ。女性は帽子に触れることさえタブーとされています。
1. ハルハ(Khalkh)族の概要・帽子
ハルハ族は、さまざまあるモンゴルの民族グループの中でも、最も多数派の民族。現在、モンゴル国の80%以上はハルハ族だといわれています。
ここからは、ハルハ族伝統の帽子と民族衣装について見ていきましょう。
ハルハ族はチンギス・ハーンの末裔
ハルハ族は、もともとは「ケレン川」「オノン川」「トゥール川」周辺に住んでいた一部族に過ぎませんでした。しかし、ここからかのチンギス・ハーンが登場。ハルハ族はチンギス・ハーンの直系です。
ハルハ族はモンゴル帝国が崩壊した後も、モンゴルの一部族として強大な力を維持しました。そして清朝が倒れた際には、彼らが中心となって独立運動を展開したのです。
現在も数で優位なハルハ族の存在感は強く、彼らの話す「ハルハモンゴル語」はモンゴル国の公用語として認められています。
ハルハ族の帽子
ハルハ族の帽子は、先端が高く尖った円錐形です。これはハルハ族が信仰する「サンバー山」を象徴したもので、先端に付いた赤いボタンは「太陽」、周辺の黒いフラップは「敵」、それを切り裂く赤いベールは「敵の破壊」を意味しているといわれます。
また、帽子には32本の縦縞があるのも特徴です。これは神聖なサンバー山周辺に住む伝説的な32人のモンゴル人を象徴しています。
このような意味深い象徴を持つ帽子は、ハルハ族にとって非常に重要なものです。正式な場面では必ず着用され、大切に扱われます。
このほか、毛皮が付いて丸い形状をした「Loovuuz」、主に女性用の「Toorstog」などもあります。
2. ブリヤート族(Buriad)族の概要・帽子
ブリヤート族は、「北モンゴル人」などと呼ばれる北方に暮らす人々です。彼らの帽子はどのような形状なのでしょうか?ブリヤート族の概要や帽子の詳細を紹介します。
ブリヤート族はロシアとモンゴルの国境に住む人々
モンゴル国におけるブリヤート族の人口は約4万6,000人。これはモンゴル国全体の人口の約1.3%程度です。
彼らの多くは国境を越えたロシアにおり、「ブリヤート自治共和国」で暮らしています。現在モンゴルにいるのは、18世紀にバイカル湖がロシア領に編入された際、モンゴルに移住してきた人々の末裔です。
彼らの民族衣装は、目の覚めるような青い色が特徴です。
男性の衣装の前部分には必ず赤と黒を入れるのが習わしで、これらは「死」「痛み」「悲しみ」を示しているのだとか。性別・年齢によって衣装のデザインには細やかな決まりがあり、バリエーションは豊富です。
ブリヤート族の帽子
ブリヤート族の帽子は、11本の縦縞が入っているのが特徴。それぞれはブリヤート族の11の氏族を表わしています。
帽子は寒いときにはフラップを下ろせる仕様で、後ろよりも前が長いのが特徴です。山・炎・太陽などがデザインされた帽子が多いのも、ブリヤート族ならではといえるでしょう。
このほか、全体に毛皮が付いたフラップ帽子や、シルクハットのように上部が高い帽子など、さまざまなバリエーションがあります。
3. ダリガンガ族(Dariganga )の概要・帽子
ダリガンガ族は、モンゴル国東部・ゴビ砂漠にほど近い火山高原周辺に住む人々です。彼らの民族的特徴と伝統的な帽子について見ていきましょう。
ダリガンガ族はシャーマンにつながる部族
自然信仰が残るモンゴルでは、現在でもシャーマンが人々の暮らしに関わることが珍しくありません。そして、ダリガンガ族は伝統的にシャーマンを多く排出してきた部族です。
彼らが現在の居住エリアに移住したのは、清朝時代になってから。名馬の世話をするためにダリガンガ湖周辺に居住することを命じられたのが始まりです。
現在モンゴル国の遊牧民の多くは、首都・ウランバートルに移住して遊牧生活をあきらめています。
しかし、ダリガンガ族は遊牧生活を維持する人がいまだに多く残っているとか。ゲルを持って草原を移動し、季節ごとに所在を転々としています。
ダリガンガ族の帽子
ダリガンガ族の帽子は、先端が高く尖っており、32のステッチが入っているのが特徴です。帽子の尖った先端は太陽へのあこがれと「蜂起すること」を象徴しており、胴体部分は黒、先端部分は赤色が使われます。
帽子には長いタッセルが付いており、着用したときタッセルの鮮やかな色が背中に沿うデザインです。
また、ダリガンガ族は美しい銀細工工芸の巧みさでも知られています。女性用の帽子は銀・赤珊瑚の装飾が豊富に使われており、目を見張るような華やかさと艶やかさがあります。
4. ザクチン族(Zakhchin)の概要・帽子
ザクチンは、「国境沿いに住む人々」という意味を持つ部族。オイラート族の1部族で、多くはホブド県の南西に住んでいます。ザクチン族の概要と帽子について見ていきましょう。
ザクチン族の起源はオイラート族の精鋭部隊
彼らは、古代より伝わる伝統的な部族ではありません。17世紀頃、満州族からオイラート族を護衛するため、多様な部族から寄せ集められた精鋭部隊です。当時、およそ30の部族から2,000人のザクチン族が選ばれたといいます。
ところがその後ザクチン族は満州族の襲撃に合い、壊滅状態に陥ります。部隊は撤退を余儀なくされ、現在の居住地に流れ着きました。
現在彼らは、西モンゴルを代表する伝統的なモンゴルの踊り「Bii Bielgee」の名手として知られています。
ザクチン族の帽子
ザクチン族はさまざまな帽子を着用しますが、部族を代表するのは「khalban」と呼ばれる帽子です。
中央には赤い円錐形の突起が付いており、サイド部分は黒のベルベットが使用されています。後頭部に当たる部分には赤い2本の細長い布が垂れ下がっており、背中まで覆うデザインです。
帽子の色は青、赤、黒などがありますが、突起部分は赤色と決まっています。
5. カザフ族(Kazakh)の概要・帽子
カザフ族はトルコ系の民族で、モンゴル国にありながらほかの部族とは全くことなる言語・文化を持ちます。カザフ族の概要と帽子について見ていきましょう。
カザフ族はカザフ文化を受け継ぐ民族
カザフ族は、中央アジア一帯で遊牧生活をして暮らしていた民族です。現在はカザフスタン・ロシア・モンゴル・中国などに分布しています。
モンゴルのカザフ族は、モンゴル最西端の「バヤンウルギー県」に暮らす人がほとんどです。
人口の約9割がカザフ族のバヤンウルギー県では、モンゴル語ではなくカザフ語が公用語のようなもの。至るところにモスクがあり、ここではイスラム教が主流です。
そんな彼らの伝統的な衣装は、モンゴルのその他の民族とひと味違います。女性はドレスのようなフワフワした長衣に色鮮やかなベストを合わせるのが一般的です。どことなく西洋的な趣があり、ほかのモンゴルの部族では見られません。
カザフ族の帽子
カザフ族の男性の夏の帽子は「kalpak」と呼ばれ、白いフェルトが使われています。一方、冬はキツネの毛で作った「Borik」「tymak」、ラクダの皮で作った「Bashlyk」などが着用されることが多いようです。
これに対し、カザフ族の女性は、所属する部族やによってかぶる帽子のデザインが異なります。
ただし、未婚の女性はどの部族もほぼ同じ。真っ白い「takiya」と呼ばれるかぶりものをしたり、「Borik」と呼ばれる帽子をかぶったりします。
素材にはキツネやカワウソの毛や皮が使われ、お守りとしてふくろうの羽の房が縫い付けてあるものが非常にポピュラーです。
また、女性は結婚するときに「Saukele」と呼ばれる非常に重要な帽子を持参します。
これは結婚持参金の一部と考えられており、刺繍や装飾品がたっぷりと使われた豪華なものです。最も高価なSaukeleになると、馬100頭分もの価値があるといわれています。
モンゴルの帽子の多様なバリエーションに注目しよう
モンゴルに暮らすさまざまな部族にとって、帽子は非常に重要なアイテムです。高くてっぺんが尖った帽子、もふもふで暖かそうな帽子など、バリエーションは豊富。モンゴルの民族衣装を見るときは、ぜひ帽子にも注目してみてくださいね。
遊牧民の生活や文化について知りたくなったら、ぜひ以下の記事をチェック。遊牧民の暮らしぶりや伝統などを詳しく紹介しています。
日本とは全く違うモンゴルの文化。知れば知るほど、興味が湧いてくるでしょう。