モンゴル国で使われるのはどんな文字?モンゴルにおける文字の歴史と現状を紹介

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モンゴル国の公用語はモンゴル語。しかし、人々が使う文字はモンゴル文字ではありません。モンゴル国では、言葉を書くときにどのような文字が使われているのでしょうか?モンゴル国で使われる文字やモンゴルにおける文字の歴史、さらにはモンゴル国・内モンゴル自治区の文字の現状を紹介します。

モンゴル国で使われる文字は2つ

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「世界銀行」の「Literacy rate, adult total (% of people ages 15 and above) – Mongolia」によると、モンゴル国における15歳以上の識字率は98.423%です。(2018時点)この数値は日本の識字率・100%と比較しても、遜色ないといえるでしょう。

そんなモンゴル国ではどのような文字が使われているのか、詳しく紹介します。

キリル文字

現在、モンゴル国でごく一般的に使われているのはキリル文字です。これは主にスラブ系の諸民族が使う文字で、一つの文字で音素または音節を表す「表音文字」に分類されます。

キリル文字を公用語としているのは、モンゴル国のほか、ウクライナやロシア、ブルガリアといった国々です。主に東ヨーロッパや旧ソビエト連邦共和国に属する国で使用されると考えればよいでしょう。

ただし、旧ソ連に属していたモルドバ、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなどは、旧ソ連からの独立の際、キリル文字を廃止しました。これらの国々では「キリル文字の廃止が旧ソ連の影響からの脱却につながる」と考えられたためです。キリル文字を廃止した国の多くは、ラテン文字を新たな公用文字としています。

モンゴル国でも社会主義から民主化路線に舵を切った際、キリル文字を廃止しようとする動きが見られました。しかし、モンゴルでは文字の置き換えがうまくいきませんでした。結局のところ、現在もモンゴル国ではキリル文字が公用文字として使われ続けています。

モンゴル国のキリル文字の概要

モンゴル語には、ロシア語にはない発音があります。そのため、モンゴル国のキリル文字には本来のキリル文字にはない「ө 」と「 ү」の母音字が追加されています。

モンゴル国のキリル文字は母音字12、子音字20、記号2、半母音字1の35文字の構成です。

モンゴル文字

モンゴル国では、キリル文字のほか「蒙古文字」とも呼ばれるモンゴル文字も使われています。

モンゴル文字はモンゴル帝国時代から使われてきた、ウイグル文字を由来とする文字です。モンゴル社会主義人民共和国時代に使用を禁止されたものの、民主化以降再び脚光を浴びるように。現在、モンゴルでは、モンゴル文字を復活させようという動きが強まっています。

「モンゴルが社会主義時代にモンゴル文字を捨てたということは、モンゴル文字を使う人はほとんどいないの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。ところが、内モンゴル自治区ではずっとモンゴル文字が使われてきました。彼らが使うのは、モンゴル帝国時代の古いモンゴル文字をさらに使いやすくした現代モンゴル文字です。

モンゴル国ではキリル文字、内モンゴル自治区ではモンゴル文字…、つまり両者は同じ民族でも、文字のみでの意思疎通は難しい状態といえます。

モンゴル文字の概要

モンゴル文字の特徴は「縦書き」「左から右に書くこと」「語頭、語中、語末で文字の形態が変わること」です。モンゴル文字の大元である「ソグド文字」の特徴を継承しており、一見するとアラビア文字にも似ています。漢字に親しみのある日本人からすると、モンゴル文字は非常に難解に思えるかもしれません。

なお、モンゴル文字のアルファベットは全部で26文字あります。構成は、母音字が7つ、二重母音字が2つ、子音字が17です。

モンゴルにおける文字の歴史

モンゴルの歴史において文字が登場するのは、モンゴル帝国時代になってからというのが定説です。ここからは、モンゴルにおける文字の歴史を見ていきましょう。

契丹文字

契丹文字は、遼(916~1125年)で作られた文字です。漢字を模倣して創作されたといわれており、表意文字の「契丹大字」、表音文字の「契丹小字」で構成されます。中国正史では遼を「契丹」と呼んだことから、ここで生まれた文字を契丹文字と呼ぶようになりました。

契丹文字は、構成などの点ではモンゴル文字との類似がありません。

しかし、数詞や生活に関する名詞などでは多くの共通点が見られます。研究者の中には「契丹文字とモンゴル語は同じ系統に属する」と仮説を立てている人もおり、今後の研究次第ではモンゴルにおける文字の歴史が現在よりも約300年は遡れるかもしれません。

ただし、契丹文字は使用者が絶えて久しい文字です。文字を解読する術はすでに失われており、文字の歴史を知ることは容易ではありません。現在も、たくさんの研究者が契丹文字の解読に取り組んでいます。

モンゴルは漢字文化圏だった!?契丹文字とは何か | モンマグ

ウイグル式モンゴル文字

モンゴル民族はもともと文字を持ちませんでした。モンゴルに文字が登場するのは、1204年にチンギス・ハーンがテュルク系遊牧民国家「ナイマン王国」を征服して以降といわれます。

捕虜となったナイマン王国の宰相・タタ・トンガは、チンギス・ハーンとの謁見で国璽の有用性を説きました。これに感銘を受けtチンギス・ハーンはモンゴルにもウイグル文字を導入し、モンゴル民族の上流階級ではウイグル文字の習得が義務付けられたといいます。

モンゴル帝国時代以降のモンゴルでは、ウイグル文字をベースとしたウイグル系モンゴル文字が使われ続けました。

世界最古のモンゴル文字資料

モンゴル文字で記されたとされる資料は、1246年に第3代モンゴル帝国皇帝「グユク・ハーン」がローマ法王インノケンティウス4世に宛てた書簡です。

この書簡はペルシア語で書かれており、ウイグル式モンゴル文字の国璽が2カ所押されています。

印章の実寸は縦横約14.5cmあり、以下のように記されていました。

  • 「永遠なる天の力のもとに、大モンゴル国の大海なるハーンの詔。異なる民に達すれば、信ずべし、恐るべし。」

パスパ文字

チベット文字をベースにしたパスパ文字は、第5代皇帝「フビライ・ハーン」の命により作られた、モンゴル独自の文字です。

作成者はチベット仏教の僧侶「ドグン・チューギョル・パスパ」だったため、パスパ文字と呼ばれます。モンゴル帝国時代には、主に碑文、印章、牌子などに使われました。

フビライ・ハーンがパスパ文字の作成を命じたのは、「偉大な帝国には独自の文字が必要あって当然」と考えたためです。

当時のモンゴル帝国は世界征服を終え、文化隆盛の時代でした。

フビライ・ハーンが国家文字を欲したのも当然といますが、結果としては失敗に終わります。すでに人々の間にはウイグル式モンゴル文字が深く根付いており、文字を改めることは容易ではなかったのです。

結局パスパ文字は、モンゴル帝国時代が終わるとほぼ使われなくなり、廃れてしまいました

ハングル文字の原点はパスパ文字?

なお、学者の中には、韓国で使われるハングル文字はパスパ文字を参考にしているという説を唱える人もいます。「パスパ文字とハングル文字の字体が似ていること」「合成字の作り方の仕組みが似ていること」などがその理由です。

16~17世紀はモンゴル文字を改良したものが複数登場

モンゴル帝国滅亡後、ウイグル式モンゴル文字に改良を加えた文字が登場します。

この時代はモンゴルの「仏教ルネサンス」ともいわれる時代です。インドやチベットから多数の経典がもたらされ、それをモンゴル語に訳すために、モンゴル文字の体系も整えられました。

例えば、以下のような文字があります。

  • ガリック文字(アリガリ文字):サンスクリット文字やチベット文字を正確に転写するために生み出された文字
  • トド文字:チベット仏教の僧侶がオイラート族への仏教普及のために考案した文字
  • ソヨンボ文字:サンスクリット語やチベット語を正確に表記できるよう作られた文字

このうち、トド文字を使った「オイラト文語」は、現在でも新疆ウイグル自治区のオイラート族で使われています。

ラテン文字

20世紀に入り清王朝が滅びると、モンゴルは独立を果たします。とはいえその背後には旧ソ連がおり、事実上は旧ソ連の衛星国家です。史上2番目の社会主義国となったモンゴルは、政治・社会システムなどのあらゆる部分について旧ソ連の意向が反映されるようになりました。

モンゴル社会主義人民共和国が誕生した1920年代、旧ソ連は諸民族の文字を「ラテン文字」に統一することを目指しました。世界に広く浸透しているラテン文字を使うことで、より多くの国々に社会主義を広めていこうとしたのです。

こうして、モンゴルを初め、当時旧ソ連領内にあったほとんどの国はラテン文字への移行が決定。移行準備は粛々と行われました。

ラテン文字からキリル文字へ

ところが1930年代の終わりごろから、旧ソ連内では「キリル文字」の推進派が勢力を持つようになります。ラテン文字で社会主義を全世界に広めることよりも、「キリル文字を使って、ソ連周辺の国々とのつながりをより確たるものにすべき」という考えが重視されたためです。

1930年2月にラテン文字への移行を決めたモンゴルは、約10年をかけて移行の準備に取り組みました。しかし41年3月には、旧ソ連の指令により、計画が全て白紙に返ります。最終的に、モンゴルは旧ソ連の要求通り、キリル文字へ移行することとなったのです。

現代モンゴルとモンゴル文字の関係

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出典:One Laptop per Child

文字は文化の象徴です。モンゴル国も民主化以降は伝統的なモンゴル文字への移行を検討しました。しかしその試みは失敗に終わっています。

現在のモンゴルにおけるモンゴル文字の状況を見ていきましょう。

民主化してもキリル文字のまま

1992年、モンゴルは社会主義から民主主義に移行し、「モンゴル国」へと国名を改めました。このとき新政府はモンゴル文字の復活とキリル文字の廃止を訴えました。しかし結局のところ、モンゴルでは文字の完全移行は不可能という結果になったのです。

理由としては、主に以下のものが上げられます。

  • モンゴル文字を教えられる人がいない
  • 一般の理解が得られない
  • モンゴル文字の縦書きが不便

モンゴル文字を復活させようにも、そもそもモンゴル文字に精通している人がまれです。現場の教師は数・スキルとも不足し、満足な授業ができませんでした。

また、モンゴル文字はモンゴル人の文化の象徴ではありますが、生活に根付いていません。モンゴルではすでにキリル文字が浸透しており、「これを廃止することは現実的ではない」と反対の声が上がったのです。

加えて、モンゴル文字は横書きができないのもデメリットです。

PCやスマホでテキストを書くとき、人々は横書きをしていました。ところが、モンゴル文字だと縦書きしなければなりません。「モンゴル文字を文化の象徴として使うのはよいけれど、日常的に使うには不便過ぎる…」と感じる人が多かったのです。

現在モンゴル政府はモンゴル文字への完全移行はあきらめ、「併用」を目指しているところです。モンゴル政府は、2025年までに公的文書をモンゴル文字とキリル文字で併記することを目指しています。

国内にモンゴル文字を読める人と読めない人がいる

モンゴル国でモンゴル語教育が行われるようになったのは、民主化以降のこと。そのため、モンゴル国ではモンゴル文字が読めない人と読める人が混在しています。

例えば、1974年生まれのモンゴル人力士・旭天鵬関が全く読めなかったモンゴル語を1985年生まれの白鳳関はスラスラ読めた、という逸話があります。

現在モンゴル国のパスポートにはモンゴル文字が使われていますが、「モンゴル文字で書かれた自分の名前が読めない」という人も一定数いるのです。

内モンゴル自治区におけるモンゴル文字

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中国領内モンゴル自治区には、約420万人のモンゴル人が暮らしています。モンゴル国の総人口は約350万人ですから、それよりも遙かに多い数ですね。内モンゴル自治区におけるモンゴル文字について見ていきましょう。

キリル文字への移行計画は廃止に

モンゴルにてキリル文字が定着し始めた1950年代、内モンゴル自治区でも「文字をキリル文字にしよう」とする動きがありました。同じモンゴル民族同士、書き言葉も話し言葉も統一しようと考えられたためです。

ところが当時、旧ソ連と中国の折り合いはよくありませんでした。国家間の対立が深まるにつれ、内モンゴルとモンゴルの間にも距離ができるようになります。ついには内モンゴル自治区でのキリル文字使用の話は立ち消え、同じ民族でも異なる文字を使用することとなったのです。

2020年より漢語政策がスタート

2020年秋より、内モンゴル自治区を初めとする6つの省・自治区の小中学校にて「標準語(漢語)」の授業を増やす計画が実施されました。これにより、内モンゴル自治区の子どもたちがモンゴル文字を学ぶ機会はぐっと減少することとなります。

もともと内モンゴル自治区の小中学校は、漢語の学校かモンゴル語の学校かを自由に選べる選択制です。

モンゴル族の子どもの多くはモンゴル文字を使う学校に通い、勉強していました。

ところが今回の政策変更により、全ての小中学校において国語、政治、歴史の3教科は漢語で行わなければならないと通達されました。多くの教員や保護者がモンゴル民族としてのアイデンティティの危機を感じ、大規模なデモを行っています。

これに対し、中国政府は地元の警察を動員し、反対者を拘束。現在までに4,000人以上の人が当局に連れて行かれたといわれています。

内モンゴル自治区におけるモンゴル文字の今後

モンゴル民族からモンゴル語を奪うこの政策は、中国による「漢化政策」の一つです。子ども達がモンゴル語・文字を習う機会を失えば、モンゴル民族としての歴史・文化・誇りも失われてしまうかもしれません。

現在中国政府より弾圧を受けているとされる新疆ウイグル地区も、初めは小さな規制からスタートしたといいます。規制は徐々に増えていき、気づけばウイグル語を話したりウイグル文字で書かれた書籍を読んだりすることも禁止されてしまったのだとか。

内モンゴル自治区に暮らすモンゴル民族の人々も、「新疆ウイグル地区と同じことが行われるのでは」と危機感を募らせています。

このまま中国政府が行き過ぎた規制を進めれば、内モンゴル自治区におけるモンゴル文字も失われてしまうかもしれません。

モンゴル旅行ではキリル文字が読めると便利

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現在モンゴル国で主に使われているのは、キリル文字です。今後モンゴルに行ってみたいと思っている人は、少しでもキリル文字を読めるようにしておくと何かと重宝するでしょう。

なお、モンゴル文字はモンゴル民族特有の文字ですが、モンゴル国ではほとんど使われていません。ただし内モンゴル自治区ではモンゴル文字がメインなので、内モンゴル自治区に行く予定もあるのなら、覚えておくのもおすすめです。

社会主義時代をへて今があるモンゴルでは、モンゴル文字は愛国の証です。

読めたり書いたりできれば、現地の人ともっと仲良くなれるかもしれません。日本人が習得するのはかなりハードルが高そうですが、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。